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究極の「侘び」に迫る古代焼。
この地に埋蔵する木節粘土を生かして、古代から受け継がれた輪積み技法で成型したものを、
長大な古式穴窯で赤松を燃料に6日から9日間焼成。
これを幾度か繰り返し、燃える松の木の灰焼成中の作品に付着して釉薬(ゆうやく)となる自然釉や灰かぶりによる「侘び」「寂び」の研究に迫る焼き物。
古代焼の飾り気の少ない素朴で力強い作風は、
逆に炎と格闘する作者のエネルギーを思わせる。
一方で、野の花の一輪挿しが似合う繊細さを持ち合わせている。
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寛永年間(1630年頃)、山形県平清水より陶工を招き八戸市蟹決の山中で登窯を開いたことがきっかけに始まった。
江戸時代後期が全盛期。
多種多様な日常雑器を送り出し、そして戦後再興され、現在まで続く。
優雅な形と灰釉で知られており、民窯として全国的にも評価が高まっている。
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津軽焼(つがるやき)は、青森県弘前市で生産される陶器。
元禄10年(1697年)、弘前藩内の陶磁器の自給自足ができないかと藩主津軽信政が江戸の平清水三右衛門を招く。そして、津軽でも陶磁器ができるかどうか三右衛門の収集した粘土等を使って、江戸の名工とうたわれた瀬戸助に焼いてもらった結果、十分に陶磁器の生産ができるとされ、江戸より窯士久兵衛らを招聘し、寺町と清水村に窯を築いたのがはじまり。
その窯場の場所からそれぞれ、平清水焼、大沢焼、下川原焼、悪戸焼と呼ばれた。
これらを総称して津軽焼という。
江戸時代に藩の陶器を支えた窯場のほとんどは他県の焼物に押され大正期までに絶えてしまった。9代藩主津軽寧親が発案し津軽地方の玩具として、鳩笛などの玩具を作り続けている下川原焼のみが存続している状態である。
また、現代の津軽焼は昭和11年になって再興された。
りんご木灰利用のナマコ模様のうわぐすりが特徴。